リズムから始める

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2023/5/7

前の記事では、頭に描かれた曲をギターで弾く方法を書きました。ではどこから頭の中に曲が出てくるのか? それはどうも「気分」のようです。

そういう気分になるのを待てばいいのですが、しかし気分が乗らないときはどうすればいいのでしょうか?

この「作曲についてもうちょっと」の記事の初回のタイトルは「メロディーを曲にする」でした。作曲を始めた最初のころ、曲とはメロディーから作られていくものだと思っていたからです。

そう思っていた理由のひとつは「伴奏」という言葉にありました。メロディーを弾く方が主役で、それ以外は脇役だということです。主役がいなければ脇役に価値がありません。だからメロディーがあって初めて伴奏があるのだと思っていたのです。

さらに、例えば有名な曲を一つ取り上げ、その曲名を言わずに人に伝えようとしたらどうするのがいいか? 一番確実なのは歌詞を伝えることですが、器楽曲には歌詞はありません。メロディーを伝えるのがその次に効果的です。バックバンドの伴奏だけを歌ってもなかなか伝わらないでしょう。

そういうことから何となく、メロディーが先、伴奏は後と思っていたのです。しかしそれは既に存在する曲を認識する際に注目する点がメロディーだということであって、今はまだ存在しない曲を生み出す際には関係ないことだと気が付きました。ではメロディーよりも何が先なのか?

こんな場合を想像してみます。パーティーで予告もなくステージに上げられて「さあ、いまから彼がオリジナルな曲を歌います」と言われ、会場が期待でシーンとなった。どうですか? 私だったら何を歌ったらいいか全く出てきそうもありません。
でもそのあと、バンドがスローなブルースのリズムを刻み始めたらどうでしょう。♪ あぁ今日はハードだった~。でもだからこれがおれの人生♪ なんて適当に歌えるような気がします。メロディーなんか後です。その前に歌う気分にならないことには始まりません。伴奏は気分を作り、気分がメロディーを作るという方が本当のように思います。

では伴奏とは何と何から成っているのか? たぶん、リズムとコードというのが普通の答えだと思います。しかし私が作曲するときに意識するのはリズムと音程です。まずリズムのことを書いてみます。

リズムとメロディーはオリジナリティーという点で対照的です。映画の主題歌として有名な Over the Rainbow のメロディーをジャズのリズムにアレンジしてもそれは Over the Rainbow です。それを私のオリジナルだと言ったら盗作になります。だからそれが何の曲なのかを決定づけているのはやはりメロディーです。

一方で、ジャズにしろブルースにしろ、あるいはハバネラにしろワルツにしろ、そのリズムをだれが使っても盗作にはなりません。リズムはマネしてもいいので、とりあえず知っているリズムで作曲を始めるのは簡単な方法です。マネはずるいやり方に思えるかもしれませんが、歌う気分を作るための一つの策です。

ワルツとハバネラは有名なリズムで、ギター曲にもよく合います。リズムを決めただけで曲ができるわけではありませんが、何もないよりはずっと作りやすくなります。

以下の2曲は、はっきりと意識してリズムを決めてから作った曲です。

セーヌ川のワルツ:ワルツで踊る気分

無時計諸島:ハバネラでのんびり気分

リズムに音程はありませんが、そこに簡単でいいから音程を加えると伴奏らしくなります。コードではなく音程を意識するのは、コードよりも音程の方が頻繁に変化するためにその曲の方向性を強く決める力があるからです。

以下はワルツのリズムを A major で始め、ベースはそのままで2拍目と3拍目の音をずらしてみた単純なものです。

セーヌ川のワルツ」を作った時は最初からパリをテーマとしたワルツを作ろうと決めていたのですが、これではパリの気分とは違います。

これはさっきのものよりだいぶいい感じです。これで作っても良かったかもしれません。でももう少し違うのも考えてみました。

そう、これこれ。ぐっとパリのワルツを作る気分になりました。ここから先はパーティーのステージに上げられた人と同じです。その気分に乗って何かを歌ってしまえばいいです。しかしステージ本番と違うのは、気楽に何度でもやり直せることです。

Waltz of La Seine : 五線譜↗️

この場合は伴奏のつもりがそのままメロディーの一部になり、8小節目くらいまでが出てきてとっかかりがつかめました。この後はパリの写真をいろいろ探して、セーヌ川のすてきな写真をみつけました。改めてテーマを「水は常に流れていても流れ自体は変わらないセーヌ川。街は常に変わりつづけていても生き方は変わらないパリ」をテーマにすることに決めて、あらたなテーマに合わせて一曲に仕上げられました。

ハバネラの例も書いてみます。以下はハバネラのリズムにベースの音程を加えたものです。

無時計諸島」では、作り始めた時点では「南国」と「ハバネラ」を決めていましたが、これだとあまり南国っぽくありません。そこでいろいろな音程を試してみました。

こっちのほうがずっと南国らしいです。だいぶいいけど、さらに3拍めを抜いてみました。

これはいい! もっとのんびりした雰囲気になりました。これで行こう、と思ったのですが、ベースが A, B と動きます。B は開放弦では弾けません。2小節ごとに低い弦を押さえないといけないのでは演奏が難しいのであきらめて、ベースを開放弦だけで弾けるものを探しました。

ありきたりな感じですが、これなら簡単に弾けます。リズムの中に高い音が入ったので海のさざ波の感じが出ました。最初は漠然と「南国」だったテーマが「南の島の穏やかな海」になりました。そのあと作り進めるうちに、最終的なテーマは「時計に縛られない南国の生活」になりました。その辺の話はブログの方に書いてあります。

Noclock Islands : 五線譜↗️

結局、のんびりした雰囲気を出すためにどうしてもベースを動かしたくなって、自分でも演奏できる範囲内で非開放弦を使うことになりました(笑)

私の実際の曲の作り方としてはリズムよりも写真を見て作り始めることの方が多いです。写真から始めるのとリズムから始めるのは何が違うのか?

作曲にしろ他の物を作るにしろ、創造という行為は段階的な自由度の制約です。クリエイターは「なんにでもなりうる」作品を「こうでなければならない」作品に変えていきます。完全な自由とは何を作りたいのかわからないということです。完全な制約とは完成した作品であり、もはや創造性が不要ということです。だから作る気分になるためには適度な自由度と制約が必要です。

リズムは曲を強く制約します。よく知られたリズムはいくつかあります。そのうちの一つに決めただけで自由度は数分の一に減ります。試してみて作曲する気分になったのならそれはいい制約です。

一方で写真はあまり強い制約にはなりません。一枚の写真から何を受け取るかは人さまざまで、同じ写真からいろいろな曲が作れそうです。

しかし特別な写真は私に(一般的な「人に」ではなく「私に」)作るべきものの方向性を直ちに強く語りかけてきます。その代わりそんな写真はめったに見つかりません。リズムは探し出さなくても知っているものがあるから、いつでもそこから始められます。

作曲する気分は「あ、これで行こう」という制約を発見したときに高まります。写真もリズムもそのための手段です。場合場合でどちらも使っています。

今回は、作曲する気分をつかむためにリズムから始めてみるという話を書きました。リズムについてはほかにも気が付いたことがあるので、それらのことは次回書いてみるつもりです。


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