エーゲの漁港 – 作曲過程
前半は無拍子について、後半は特別な音色について書いています。
– 2024/5/13
2022/11/2 : 作曲完
2024/5/13 : 公開 ⇒エーゲの漁港 の記事へ
この曲は「無拍子」です。まずはこの曲の出だしの部分の楽譜を見てください。
無拍子部分の演奏
小節ごとに 8, 5, 7, 5, 6 と拍数が異なります。これはリズムを変化させているのではありません。そもそもリズムという考えがないのです。
無拍子は普通の西洋音楽にはないことですが、古典尺八の本曲(ソロ演奏のための曲)では普通のことです。ちょっと尺八と無拍子の話を書きます。
尺八の楽譜は五線譜ではなく独自の記法で書かれます。それにはあまり明確に音の長さが書いておらず、演奏者が好きな長さで演奏します。そこには一定の長さの単位という考えはないし、同じ強弱パターンが繰り返されるという考えもありません。
ひとつのフレーズを吹き終わったあと、次のフレーズを始めるのにどれだけ時間をおいても良く、そのあいだの何も音がしない空白の時間のことを「間」と言います。「間」は休符ではなく、次の音の始めるための心の準備の時間、また次のフレーズが始まるべき最良のタイミングを表現する音楽要素です。だからそこには静寂が必要で、その長さは奏者の音楽表現です。
息継ぎにもどれだけの時間をかけてもかまいません。次のフレーズを強い音で始めたければゆっくりと深く息を吸い込み、出したい音量と長さが出せるようにします。西洋音楽では息継ぎは邪魔ものなので、小節と小節の間に瞬時にしなくてはなりません。しかし尺八において深い呼吸は、精神を落ち着けるための行為でもあります。
さて、話を元に戻します。この曲を最初に弾いた時の演奏が残っていました。
最初に思い付いた曲
この時はまだテーマが決まっていなくて、なんとなく地中海を感じさせるような曲という程度で弾いています。今聞いてみると、この時点では一定のリズムを意識していたようです。
その後この音に合いそうな写真を探して、タイトルの写真を見つけました。その透き通った水と、ただ波に揺られるだけの暇な漁船を見て弾いたのが次の演奏です。
波に揺られる漁船を見ながら弾いた曲
これを聞くと写真が見つかったせいでテーマが漁港かあるいは漁船になったことがわかります。そしてもうすっかり無拍子になっています。波の不規則さを表現したからということもありますが、おそらくこの写真を見て、私がもともと持っていた自由な気持ちが解放されてしまったのだと思います。
悩んだのは😅この演奏をどうやって五線譜に書き写すかです。最初は普通に一定の拍子の楽譜で書こうと思いました。しかし、その拍子が 6/4 なのか 4/4 なのか? いろいろ考えた末、もっとも平均的な拍子は 5/4 であることがわかり、それで書いたのが下の譜です。
無理に同じ長さの小節に詰め込んだので、そこら中にフェルマータが付いてしまい不自然な譜です。しかし考えてみたら、私は 5/4 拍子の曲を作りたかったのではなかったのです。そこで書き直した譜が以下です。
今度は拍子記号を小節ごとに書きました。拍子を変えたいわけではないです。単に実際に演奏したものの音の長さを記述したらこうなりました。小節の意味は、尺八であれば一息で吹くフレーズです。
本来は「間」であるべき音の空間は青でマークした、ベースだけしか音のない区間です。これを見ると「間」にいろいろな長さがあることがわかります。また赤でマークしたところはアクセントのあるところで、これもいわゆる「拍」のあるところとはずれていることがわかります。しかしこれらは単に私がそう弾いたという記録でしかないので、もしこの曲を演奏してくれる人がいたら、すべての長さとアクセントは自分の表現で行ってほしいです。
この記事を読むと「日本風にしたいなら日本の楽譜に書けばいいのに」と思う人がいるかもしれません。しかしこの曲はやはりほぼ西洋風です。使っている音階や、ハーモニーという考えが西洋音楽のものだからです。音階が異なり、ハーモニーという考えがない尺八の譜では全く表現できません。五線譜なら何とか表現できるのだから、やはり洋楽です。
日本の古来の曲にもリズムがあるものがたくさんありますが、一定のリズムの繰り返しがないものは、それらがダンスに起源があるのではなく祝詞や詩の朗読が起源だからではないかと思います。そして尺八古典本曲は、本当は音楽ではありません。禅における精神修養のための手段であり、楽しみや芸術のためのものではありませんでした。
さてもう一つの話題は音色についてです。この曲では、エーゲ海の暖かさや透明感を音程やリズムだけではなく、音色でも表現したかったです。
青でくくったハーモニーは、ベースがAの場合に輝くように響く音です。それはこの近辺のフレットだけで起こる現象です。また緑でくくった音は3弦で弾くので音色が暖かく長く続き、水の色と深さを表せます。ちょっと聞いてみてください。
完成版の冒頭
ギターをひとつしか持っていないので、このような音色は私の楽器だけの特徴かもしれないです。でも私のギターでしか効き目がなかったとしても、音色へのこだわって作るのは一つの楽しみです。上の譜でマークした音は、この音色を使いたかったから置いたもので、他の部分の音とは必然性の理由が違っています。
さてこのように書くと、この曲は特別な作り方をしたと思うかもしれませんが、そういうわけでもありません。今まで発表してきた曲にも同じ考えが少しずつ入っています。
Coffee Song では 5, 6, 9, 10 小節目の終わりに短いフェルマータが付いています。これはその音を延ばしたいだけではなく、心を落ち着けるための時間が欲しかったのです。この「間」せいでこの曲は肩の力が抜けるようになっていて、そこがこの曲の一番よいところだと思っています。
音色にこだわった別の例としては Serene Summer Nigiht があります。紫色でくくった3オクターブ離れたEの音は、夜空の深い青と涼しさの表現です。オレンジ色でくくった音は3弦のやや暖かい音色で弾くことで水面に揺れる灯火を表現し、その音を印象付けるために 16分音符分だけ早く鳴らしています。
Serene Summer Night
西洋楽器を使っていても作曲している私は日本の文化の中に生きていますから、私が作る音楽は西洋のものとはなにかしら違っているでしょう。でも西洋も日本も関係なくギターが好きなので、ギターで作曲するのを楽しんでいます。このエーゲの漁港も、途中にワルツのリズムで演奏する間奏部が入っています。静かなばかりで退屈になってしまったので、少し元気のある音を出したくて西洋のワルツのリズムを持たせたのです。
この記事を書くために久しぶりに最初に弾いた演奏を聴いてみましたが、それはそれでいい感じなので、別の写真を見つけていつか姉妹曲として普通のリズムで作ってみるかもしれません。
最終的なと演奏と楽譜は以下です。
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† 写真は私が父から譲り受けた尺六です。尺八より2寸短く、1音高い音程の管です。