神々のダンス
2021-10-16
自然は誰のために美しいのか?
山にほど近い温泉に行った時のことです。宿でもらった観光地図には目立った観光名所はなかったのですが「自然の森」という公園があったので、帰りに車で寄り道しました。公園は道や橋が整備されていて手軽に散策を楽しめる良いところでしたが、広いので全部を歩くのは大変そうです。地図を見ると反対側にも入り口があり、車ならぐるっと山を回ってそちらに出られるようなので行ってみることにしました。
その道の途中で谷川の橋を渡った時です。突然の美しい風景。急いで車を止めて外に出ました。色とりどりの木々、流量豊かな谷川、まるで造園師が設計したかのような配置。曇り空のせいで葉の色が濃く、流れの音が空気の清浄さを伝えてきます。
こんなに美しいのに、ここは観光地図に何も書いていないただの道の途中なのです。これは人間がこの地に来る前にもとからあった美しさ、人間のためのものではないことに気が付きました。
では誰が見るためにこのように美しいのか? 誰がこんなに美しくしたのか?
日本古来の宗教観では、山にも川にも木々一本一本にも神が宿っています。そしてそれらは時として人の姿をして現れます。この景色はそれらの神々が自分たちで見るために作ったものではないか? そう思って景色を見なおしてみると実に納得がいくのです。
そういう、神々が住む山を描いてみたくなりました。曲にするために日本神話の「天の岩戸」をモチーフにし、あの景色の印象を音にしてみました。雨の岩戸伝説はご存知とは思いますが以下のようなあらすじです。
天の岩戸伝説
弟神のスサノオの数々の狼藉に、太陽の女神アマテラスはついに堪忍ならず洞穴にこもり巨大な岩戸で蓋をしてしまいました。この世は闇に包まれさまざまな災厄が起こりました。困った神々は一計を案じ、岩戸の前で宴会を開きます。技芸の女神アメノウズメの踊りが始まり、それがいっそう激しくエロティックになってくると場は大きく沸き上がります。歓声を聞いたアマテラスは「私がいないのに何を楽しんでるのか?」といぶかしがり岩戸を少し開けると、待ち受けていた怪力の神アメノタヂカラオが岩戸を開けアマテラスを引き出すことに成功します。こうしてこの世に明るさが戻ることになりました。
あまりクラシックギター風の曲でなくなってしまったかもしれませんが、ストーリーに合わせて作るのや、日本のお祭りのリズムや雰囲気を残しつつ西洋楽器のギターに合うように工夫するのは楽しかったです。
そういえば10月は日本中の神々が集まって平和会議をする月ですね。なんと素晴らしい月でしょうか。